カテゴリ:両親の事 ( 59 )

8月31日 股関節骨折、人工股関節置換手術後 3ヵ月経過後の受診です。
術後の経過も順調です。

車椅子生活になり、11月・退院1ヵ月経過受診、12/3 神経内科受診は、自家用車で通院しました。
1度目の通院
我が家はアウトドアー車、後方はスライドドアで乗り降りはしやすいのですが、車高が高く車に入るのが大変です。
一人で通院介助しましたが、車高が高いので車いすの積み込みが大変でした。

2度目の通院
タクシーを考えましたが、娘がちょうど在宅だったため 娘と二人で通院介助
車椅子は施設に置いていき、病院は病院の車椅子を使いました。 

3度目の通院
本日の通院は、タクシーを使いました。
退院から90日 立位がしっかりできませんが、タクシーの乗り込みはどうにかできます。
タクシーの乗り込みが慣れていないので慣れると当座は普通のタクシーで通院できそうです。
今日の往復通院は、タクシーの運転手さんが良い方で親切だったので助かりました。


昔ヘルパーの仕事をしていました。結構重度の方のタクシー通院介助の仕事をしていました。
義理の父も在宅時、車椅子生活。通院介助も自家用車一人でしていたのですが、今まで感じなかった車椅子が重たくて持ち上げるのがこんなに力が必要ったのかと思いました。
介護者の高齢化です。💦


施設では、内科と歯科は定期的に往診診療。発熱程度では往診対応できます。
母が入っている施設では、まだ往診はしてもらった事が無いので料金は不明ですが、
父が入っていた施設では、臨時の往診対応は5000円程度別料金を請求されていた記憶があります。

母は、今朝寝違えたか?右腕を上げると痛みがあると言うので同時に診察を受けました。
レントゲンの結果、肩関節に白い所が見受けられるので石灰化による痛みの可能性という診断結果です。 
痛み止め処方されました。
不謹慎ですが、今朝肩の痛みの症状が出て、定期通院の時に診察を受けられて良かったと思いました。
明日は冬型の天気 通院は大変です。薬も院外処方箋で外部薬局で処方です。

年ですかね~。 寄る年波に勝てず・・・。 


d0341582_16194297.jpg

12月7・8日は、千本釈迦堂 無病息災「大根焚き」の日です。 
今年は予定を入れたので参加する事が出来ませんが、夕刊に記事が載っていました。




[PR]
by sakura81-26 | 2018-12-07 18:13 | 両親の事  | Comments(2)
8月31日 転倒股関節骨折 人工関節置換手術
10月14日 退院 元のグループホームに戻りました。

11月1日 退院後の経過経過観察の通院に整形外科の受診をしました。
ADL
車椅子生活 トイレ介助は必要ですが 手すりをつかまり立ち上がり便座に座ることは出来ます。
ちょっと困るのですが、
夜、歩行して廊下まで出たこともあると報告を受けています。
骨折部分は、順調に回復しています。

診察結果
レントゲン検査の結果 別段異常無く 1か月後の12月7日 診察予定です。
先生は、施設でリハビリをと言われますが、グループホームなのでリハビリなどは受けられません。

退院後初めての主治医の診察予約は、予約時間9時~12時ととてもアバウトな時間指定です。
9時に施設に迎えに行き、9時半ごろ病院の受付を済ませました。
10時までにレントゲンを撮り終え、診察を受けたのは11時45分 まあ長らく待ちました。
次回診察は、12月7日予約時間が指定され一安心です。

待合いの隣に座られた方、8時の受付に来院 診察を受けられたのが11時半近くでした。
病院の待ち時間の読みは微妙です。

母の認知症はこの1週間また進んでいます。
通院時間中も娘と認識できず、ヘルパーさんと間違っているのか最初は敬語で返答しています。
名前・生年月日 きちっと言う事が出来ますが、年齢は49歳と言います。
いつの間にか若くなっています。
骨折して入院したことも忘れていて、ある意味幸せな空間に住んでいるのだろうと思います。


d0341582_20230350.jpg
10月桜




[PR]
by sakura81-26 | 2018-11-02 20:19 | 両親の事  | Comments(2)
8月31日 転倒股関節骨折 9月1日 人口股関節置換手術
リハビリも順調 車椅子生活になりましたが、10月13日無事退院する事が出来、元のグループホームに戻る事が出来ました。

認知症は進んでいるようです。
娘と認識していますが、どれだけ理解しているのか不明。
病室で看護師さんやスタッフさんから「娘さん・・・・」と言われ 
皆さんから娘さんと言われるよく見る人 = 娘??かもです。
👨や孫の事は、認識できません。
息子も「孫によく似た人」から一段落ち、「知らない人」になりました。
毎日顔を見せて「孫の〇〇」と母にインプットさせれば孫に昇格できるかもしれません。(*^-^*)

認知症になり、自立志向の母は、出来ないことが多くなり混乱をきたして精神的に追い詰められていましたが、認知が進み自主的に何かをしようとすることが無くなり、穏やかになっています。 

手術前との変化
押し車自立歩行  →  車椅子生活
            指示を出せば車いすも自分で動かす事が出来るようになっています。
トイレ自立    →  トイレ誘導
            ほぼ失禁はないようですが、リハビリパンツ 
            立位は出来、リハビリパンツも上げる事が出来る。
食事 7分かゆ 刻みとろみ食になりました。食事量70%~ 時により100%摂食もあるそうです。
睡眠       →  夜間ぐっすり眠るようになった。


安定した病院生活から、グループホームに戻り環境の変化にどのように対応できるかわかりませんが、
1日でも早く落ち着いた生活が出来る事を願うばかりです。


d0341582_17263239.jpg
酔芙蓉



手術後、麻酔の混乱が長らく続き、食事誤嚥絶食となり、体重は34㎏になりました。
7月26日の健康診断表を見ると38㎏ 「るいそう」と書かれています。
るいそう(羸痩) 脂肪組織が病的に減少した症候をいう。いわゆる(痩せ)の程度が著しい状態
食べても もう太れなくなっています。
持っている服がすべて大きく、退院に際しsサイズの服を探しに行きました。
ショッピングセンターで2件洋服屋さんに行きましたがMサイズしかなく服が大きすぎます。
デパートのワコール らくラクパートナーというショップにSサイズの服がありとりあえず上着1着購入しました。Sサイズでも大きいくらいでした。


母が入院中 申し込んでいた旅行に出かけました。
5月の末に申し込んでいた旅行、母が転倒し手術した日にはもうキャンセル料(15日前までのキャンセル料 5万円)が発生しており二年前の悪夢がよみがえり、そのまま放置していました。
年前、旅行3日前の土曜日朝に元気はつらつだった父が発熱、土日病院休みの事を考え病院を受診したところ、肺に膿がたまり「余命あと1か月」と出てしまい、旅行3日前ドタキャンとなってしまいました。
旅行に行けるか最終決断は、旅行3日前(キャンセル料20%)までです。
「今回の旅行また行けなくなりそう」と介護職だった友人や知人に話したら
「母は、内科でなく整形外科入院中で病状が安定して、認知症で騒いでいなければ病院ほど安全なところはない。今が一番旅行に行きやすい」と旅行に行く事を勧めてくれました。ありがたい後押しで旅行に出かけました。
主人と息子夫婦に後を頼んで出かけました。面会に行っても認識されず可愛そうでしたが・・・。
こういう時、兄弟がいないということはとても不便です。
旅行中、母も病状に変わりなく、台風も心配されましたが被害もなく一安心です。
帰って来て病院に行ったら誰だという顔をして、きょとんとしていました。やっぱり忘れていました。💦
毎日病院に通うと娘だと認識しています。年齢を99歳だという母です。





[PR]
by sakura81-26 | 2018-10-14 08:06 | 両親の事  | Comments(2)
股関節骨折→人口関節置換手術から1週間たちました。

娘を認識できなくなっています。
見当識障害 認知症中~重度にみられる。 目の前の人がたとえ家族であっても誰だか分からなく症状

6日(木)
「あんた誰」から始まり暫くして「ミチコか?」と言っていますが理解しているのか不明。

7日(金)
娘を認識せず 「娘とよく似ているが違うわ」と言われ、時間が経過しても「娘とよく似た人」です。
頭が枕から落ちかけているので、枕の位置を直そうとした時
口の周りに漢方薬が付いているので濡れティシュで拭おうとした時
二度も体に触る前にとても嫌な顔をして「誰か来てください 誰か来てください」と大きな声でスタッフさんを呼び助けを求めました。


認知テストで新しい記憶テストを壊滅した母、今日はどの時代を生きているのでしょう。

娘は、高齢者の域に達し 昔の風貌に戻れないよ179.png



真矢ミキさんのブログ 8月20日「何処かの貴方へ」 
         
         今日、母が私を忘れていた・・・中略・・・
         
         母の人生
         母の思うままに
         あたたかい日々であってくれたらいいな

         何処かで、そんな思いをしている方がいたら、
         そんな事
         伝えたいなと思った。

         今日も一日、お疲れ様でした。
         明日も笑顔で、お互いに朝を迎えたいですね。

         (ブログの記事を勝手に転載させていただきました。申し訳ありません。)

         ブログを読ませていただいて 真矢さんの切ない思い、温かい気持ちが伝わります。
         
         コメントを少し読ませていただいて 同じ境遇の方がいかに多いのかと。
     
         何れわが身

         母の入院という環境が変わることで現実は突然やってきました。


忘れな草 2018.5 角館 青柳家の庭にて 
d0341582_11195941.jpg




[PR]
by sakura81-26 | 2018-09-08 11:33 | 両親の事  | Comments(8)
90歳の母、8月31日夜 施設内で転倒 救急車で搬送 
診察の結果、大腿骨頚部骨折、9月1日 大腿骨頚部骨折部分を人工骨頭挿入術(置換術)手術をして入院中です。

8月31日 PM9時45分過ぎ 家の電話が鳴りました。悪い予感
グループホームから
「転倒されました。痛みが強いので救急車を呼びこれから病院へ行きます。病院が決まり次第また連絡します。」
夜間、どこの病院へ搬送されるのか? 

7月から転倒が続き、いつかはこの様な事になる日が来ると思っていたので、
別段の驚きはありません。
不謹慎ですが、痛みがひどい=骨折=手術 どこの病院に運ばれるのかが心配です。

以前、父が夜間に鼻血がとまらず救急車で搬送、
耳鼻咽喉科の深夜救急診療、京都市内と言えど耳鼻咽喉科の医師が当直している病院に
搬送されます。車で30分かかる府立病院 お迎えも大変だったことが頭を過りました。

その後連絡があり、近くの救急病院へ搬送されました。
レントゲンの結果、右・大腿骨頚部骨折 人工骨頭挿入術(置換術)をすることになりました。
手術実施日 翌日 1日(土)又は3日(月)どちらで 手術が出来るか1日AMにならないと不明

1日(土)
10時前、病院へ行くと 13時から手術が出来ると言われました。
全身麻酔で手術 所要時間は1.5~2時間 
術後のレントゲンを見ると、骨折箇所は綺麗に人口関節に置き換わっています。

さて認知症の母 麻酔から目覚め、しばらくすると指にはめている機械を取ろうとします。
指の酸素測定器が気になって外すのかなぁ~ と見ていたら
健常足を立て膝に横移動 点滴のチューブを外す勢いです。 OUT!
手術後の拘束について説明を受け、承諾しています。
拘束してはいけないのですが、大事な点滴と血液チューブを外す恐れがあり、ミトンをはめてもらいました。

2日(日)
病室へ行くと躁状態で大きな声で話しています。術後のせん妄?
認知症特有のとんでもない話、しかし一部の話は辻褄は合っています。
「100歳まで生きようと思ったが難しので葬儀の段取りをしているからお金を払ってほしい。決して騙されて払わないように」と言います。
「飴を食べたい」 ちょっと無理。
「あんたが食べているおやつ置いて帰って」 おやつ持ってきていないわ。
口はとても元気です。

昼食むせて誤嚥。
咽た原因は、抹茶プリンのようなくずもち? 
レントゲンの結果、片方の肺に少し影がある。抗生物質の点滴。2~3日 絶食となりました。 

この1年 ぼそぼそとしか話をしない母でしたが、そう状態でしっかりと10分以上しゃべり続けます。
3時間病室に居ましたが、顔を見ると手のミトンを外せというので帰ってきました。

傷口に関しては全く痛みを訴えません。

3日(月)
娘と面会に行きました。
微熱がありますが、点滴も1本になっていました。
リハビリが始まりました。手術をした股関節の可動域もしっかりありました。

相変わらず話続けています。 術後のせん妄? 一週間ぐらいこの様な方もいらっしゃるとか。


4日(火)
大型台風21号が午後直撃しそうです。風が強くならないうちに9:00~病院へ様子を見に行ってきました。
手術後の3日間の躁状態から一変し、疲れ果てたようで声掛けには返答しますが反応が良くないです。
熱は下がっています。


8月31日~9月4日 母の転倒・骨折手術で病院通いの日々です。
大腿骨頚部骨折 人工骨頭挿入術
骨折した頚部は人工骨に置き換えている為、骨折の中では一番痛くない骨折だと聞きました。
手術の傷みについて 痛み止めが効いているのか痛みを全く訴えません。


入院は2か月の予定  しばらく病院通いの日々です。


転倒、高齢者になると避けられない現実です。
母は大腿骨頚部骨折です。
20数年前 義理の父は、転倒による頭部打撲・脳内出血 3か月の入院後、寝たきりになり在宅3年後、入院3年半となりました。

転倒しないように気を付けましょう。
家の中にも転倒の原因となるものがあります。
台所のキッチンマット クッションの良い素材のものを使っていましたが、ともすれば引っかかるので処分。薄手の滑りにくい素材のキッチンマットに交換しました。
(身近に炬燵の敷布マットにつまずき転倒、骨折された方がいます。)



大型の強い台風が直撃しそうです。 
10時過ぎのニュースで室戸岬100㎞台風の影響で香川県でトラックが横転したとか?
昔大きな被害が出た 室戸台風 ジェーン台風 第二室戸台風と同じコースを取るようです。
11時前、風が強くなり雨が降ってきました。
大きな被害が出ないことを祈ります。



[PR]
by sakura81-26 | 2018-09-04 11:11 | 両親の事  | Comments(4)
母は、自立志向 しかし加齢とともに気持ちとは裏腹に日々自立はままならず・・・。

現在 トイレは自立 
先日、母のトイレに付いて行ったら、便器を指して「ココに座ったらいいの」と聞きます。
認知が進んできています。

夜の頻尿 
昨年の在宅時、夜中は2回はトイレに行く生活を送っていました。
現在は、1時間おきにトイレに行き寝ていない。不眠
失禁を恐れ、トイレに行かないと精神的に安定しないのかと考えます。
下着を汚すこともあると職員さんからの連絡もありました。

失禁不安からの頻尿と下着を汚すようになった事は、リハビリパンツの使用で対応をお願いしました。
自立志向の強い母に、リハビリパンツを履くことをどのように話して納得させるか?
娘から言うと反発の恐れがあり、相談員さんから話をして貰うように依頼しました。

ところが実の姉との電話の中で叔母の勧めがあり、リハビリパンツをはくことを承諾しました。
老人ホームに入居中の3つ上の叔母は認知症 電話を替わり叔母ちゃんにかこつけてリハビリパンツを勧めました。
かこつけるというのは(託ける)と書くのですね。漢字で書くとよくわかります。初めて知りました。

頻尿・不眠 ついて
相談員さんに眠剤の使用を依頼しました。
内科の定期往診で投薬処理してもらえるのかと思いましたが、
出来ないことが多くなってきている事からくる不安症状もあり、一度精神科受診する事になりました。

29日、精神科受診 駅前にあるクリニックにタクシーで通院。
初診は、家族とともにクリニックに行って受診しないといけなが、二度目から月1回の往診で対応できる。
初診時、次回からの訪問診療の依頼書にサインが必要です。
眠剤と抗不安薬処方 薬の副作用でふらつき・転倒の恐れがあるため副作用の少ない薬で様子を見ながらの投薬です。


認知症初期、出来ないことが多くなっていることが理解できるので、母自身もしっかりしなくてと言う思いもあり精神的に不安定になっています。


30日友人と話していて
母の夜間頻尿の話をしたら、友人の亡くなったお母さんも失禁の不安から母と同じ症状だったそうです。

20年ほど前、寝たきりの義理の父は、夜間の尿量が非常に多く、夜間4時間で尿パット(大)アテントで尿漏れして困り果て、原因を聞いたところ、原因は認知による昼夜逆転だと言われたことがあります。

人生終わるまで付いてくる排泄の問題です。

周りに迷惑をかけないでおこういう思いが強いですが、わが人生はどうなるのでしょう。

トイレ介助失敗の巻
母のトイレに付いて行ったとき ウォシュレットを使いました。
体重40㎏の母 便座の後方にしっかり座っていませんでした。
着用していたブラウス裾を濡らしてしまいました。⤵ ウォシュレットあるあるでした。119.png


d0341582_06403324.jpg

2017年8月  白川郷 AM8:00すぎ 雨上がり雲が切れていきます。
7:30分ごろ高山の旅館を出発 観光客のいない白川郷写真スポットへ
昨年お盆明け、2泊3日 🚙で高山へ 
在宅する母の対応で疲れ果てブログUPできなかったお気に入りの写真。




[PR]
by sakura81-26 | 2018-08-31 07:18 | 両親の事  | Comments(2)
17日、涼しいさわやかな朝です。 本日の天気予報 最高気温32度予想 秋の空 水蒸気が少なく紫外線の多い日になるようです。
16日、京都では五山の送り火  (再び冥府に帰る精霊を送る)が行われました。
16日の午後から実家の菩提寺ではお盆の塔婆のお炊き上げが行われ、朝から塔婆を持ってお寺にお参り・お墓参りをしてきました。

👨の実家に帰省中の15日朝 もうツクツクボウシが鳴き始めています。
母の施設から「14日の深夜、転倒したと自主申告 腕を少し打撲されています。大事に至らなくて今朝は普段通り歩いている。」と連絡がありました。

今回の転倒は、病院に行くほどの怪我もなく大事に至らなかったので 16日朝から母の様子を見に行ってきました。
7月も夜中に転倒 このときも大事に至らなかったのですが、足に痛みを訴え整形外科に2回通院しました。

押し車歩行 歩く速度も遅くなってきています。
おむつもせず 自立排泄。 
昔から夜のトイレ回数が多い。先月から夜のトイレ時に転倒しているようです。
自立しているのが自慢の母 夜中の排泄時も職員さんの手を借りることは望みません。
このような転倒が重なり打ちどころが悪いと骨折 寝たきりの道を歩むのかと思います。

今日、11時過ぎに施設に行くと入浴後でさっぱりした様子ですが、リビングのエアコンの風が寒いとご機嫌斜めの時間帯でした。
在宅時 エアコン嫌いでいつも大汗をかきタオルを手放さなかった母です。
人それぞれ体温調節の仕方もあると思いますが、エアコンのある快適な生活、母は苦手なようです。

自室に連れていき、話を聞くと「もうこんな寒いとこはあかん 違う施設に移る」と言い出しました。
話が極端です。 (@_@) 
長袖のカーディガン代わりのブラウスを重ね着してもご機嫌が直りません。 

92歳の姉に電話をかけ5分ほどのお喋りをして少し機嫌が直りました。
毎日のように電話をかけてきてくれた叔母ですがこの1月ぐらいほとんど電話がありません。
母と同じく認知症です。
携帯電話の短縮ボタンが使えず 毎回電話番号を入力して電話をかけてきていた叔母、ついに電話番号が上手く押せなく電話が掛けられなくなったようです。

昼食時間なのでリビングに戻りましたがまだ文句たらたら。リビングは寒いから日中は自室で生活すると言います。
同じテーブル横の朗らかな〇〇さんが母の面倒をよく見て下さっています。その方は半そでTシャツ1枚。
〇〇さんが母をいさめ「ここに居とき~ 寒かったら言いや」と言われた母はぐちぐちと文句を言っている訳にもいかず 黙りました。
職員さんや娘がなだめても聞く耳を持たなかった母ですが、横の〇〇さんの言う事には反論できないようです。

前の高齢者住宅でしたら 個人尊重 自室に引きこもりに戻っていたと思います。


15日、👨の父親の妹(93歳)が、昨年12月から特別養護老人ホームに入居されたので様子を見に行ってきました。
認知症 左手麻痺 車椅子 
訪問した甥や姪の事は分からないようです。いつも声を出し笑っています。
おしゃべりが好きで好きなことを言っていた叔母でしたが、言葉は同じフレーズ一言の繰り返しになっていました。
話しかけると常に大きな声で笑っている明るい認知症の叔母でした。

叔母が入っている施設 築20年ほど経過しているでしょうか。
薄暗く 施設の明るい雰囲気がありませんでした。
特養というのはこのようなものでしょうか。

人生の終焉 考える事の多い日々です。


最後までお読み頂きありがとうございます。



[PR]
by sakura81-26 | 2018-08-17 08:45 | 両親の事  | Comments(4)
母は、7月で90歳になりました。 
5月までは91歳 6月は何故か10歳ワープして101歳と言い 
誕生日に孫から「90歳おめでとう💐」の誕生日カードを贈られ2週間ほどは90歳と言っていましたが、昨日から91歳と1歳年をとってしまいました。 来週は、何歳になるのでしょう?  

d0341582_07344726.jpg

                       八重のムクゲ


実家のマンションは、息子夫婦が住むことになり終い片付け中。
実家は跡継ぎが無く何れすべてを片付けないといけないのですが、仏壇には二年前に亡くなった父の位牌もあります。
仏壇は、主人の承諾を得て我が家に引き取ることになりました。

実家の仏壇はそれほども大きくありませんが、大きな仏壇を和室にどん~と置く事が出来ず、箪笥の上にも置けるコンパクトな大きさに買い替えることにしました。

いざ仏壇を買うとなると・仏壇屋さん選び ・仏壇の大きさ に迷います。 

仏壇ネット検索 
コンパクトな仏壇は、14号(高さ42㎝ 横幅 32㎝ 奥行き25㎝)からある事がわかりました。 

箪笥の上における出来るだけコンパクトな大きさを希望 後は価格 

ネット検索で、
仏壇は一番小さい(14号)を買おうと思いました。しかし実物を見ないと・・・決断できず。

偶然近くの仏壇屋さんがネット販売をしていたのでお店に行って実物を確認しました。
実家にある仏像の寸法(高さ25㎝)を測り、お店で仏壇の大きさを相談しました。

18号 (高さ 54㎝ 横幅 38㎝ 奥行き 32㎝ )クルミ素材に決めました。
仏具も仏壇の大きさに合わせ買い替えました。 ↓ ちょっとモダンにしました。

モダン(家具調)仏具朝顔5具足&りん(小)


仏壇が整い 菩提寺に仏壇移動(正念抜き・ご正念入れの法要)を依頼していたので日時を打ち合わせます。

24日、実家でご正念抜きの法要を執り行いました。

法要後 仏像・位牌・鐘・木魚を持ち車で5分の我が家へ移動します。

我が家でご正念入れの法要を執り行い 無事我が家に実家の仏壇を置く事が出来ました。



古い仏具はお寺でお炊き上げ。 古い仏壇は仏壇屋さんに処分をお願いしました。



[PR]
by sakura81-26 | 2018-07-27 06:40 | 両親の事  | Comments(2)
認知症 要介護1 押し車歩行 食事・トイレ自立
「サ高住」からグループホームに移り2か月が過ぎました。
徐々に生活リズムもでき「サ高住」に居た時よりも穏やかな生活を送っています。
認知症対応のグループホームに移って、母にとっては良かったと思います。

認知は、穏やかに進んでいます。

もうすぐ卒寿を迎える母、年齢はいつも91歳と何故か2歳サバを読んでいます。
誕生日が来たら年齢はどのように変化するのか興味がありました。
誕生日前ですが「幾つになったんかいな~」と年を聞くと 昨日は「101歳」と答えました。
言葉に詰まります。 暫くしてもう一度聞くと同じく「101歳」  何故かここはぶれません。
1か月で10歳もワープしました。


服を選んで着られなくなっています。 
どの服を着ようかとベッドの上に服を並べていることがたびたびです。
いつまで自立で服が着られるか? 
職員さんに「服のコーディネートがわからないから娘に来るように電話をしてほしい」と言っていたようです。
「お願いやから 服のコーディネートで呼び出しを頼むの止めて」と心の中で叫び
「そういう時は職員さんに聞いたら服選んでくれるで」としか言えませんでした。

物、服を盗られる。
いつの記憶で物を探しているのか不明ですが、置いてあったと思い込み、〈物が無くなると職員さんが盗った〉となります。
グループホームに来て 居住者も少なく、同じ顔触れのスタッフさんで毎日落ち着いた生活をしているので、物を盗られたとは言いますが、怖い顔をして言う事が無くなりました。
「盗った」 母の認知、被害妄想、思い込みからの発言です。 

食事について
母は、「毎食完食している まだ食べられる。もう少しごはん欲しいくらい。」
「少ないんだったら量を増やしてもらうように言おうか」と一応お愛想に聞きました。
「恥ずかしいから言わんといて」 ここで見栄を張れる???
在宅だったら、たぶんご飯食べていないと何食も食べるタイプになっていたかも。

施設ではどのような食事を食べているのでしょう。美味しいそうです。
1日 1500 Kcal だそうです。

d0341582_09461427.jpg



昨日は、お風呂の日。 
午後から一人ゆっくりとお風呂に入れてもらって気持ちよさそうです。
施設のお風呂のイメージは、次から次へと流れ作業的な入浴しか見たことなかったのですが、
後ろに待っている人が居ないので驚きでした。
ここのグループホームではゆっくりとした時間が流れがていくようです。


地震
「大阪の地震そんなの知らん」と言います。
新しい記憶が全くダメな母にとって地震の体験だけで記憶に残らないようです。
グループホームは、最新の建物で大きな被害が無かったようです。

地震の時 安否確認
・施設は最新の建物 ・地震発生時は、朝食の為リビングのテーブルに座っている時間
・我が家の被害がほとんどない ・何かあれば1番に電話がかかってくるだろう。
という理由で施設に対してあえて親の安否確認をしませんでした。

7:58 地震発生 13:08 施設から「被害もなくお元気です。安心してください。」と連絡がありました。
非常時、親が施設で安全で何事もなく元気に生活していることに感謝です。

今後の大きな地震に備え、家族として緊急時の連絡はどのようにするのかマニュアルがあるのか確認が必要です。
たぶん最初に説明があったと思いますが、すっかり忘れています。


今日も一日余震もなく何事もなく過ぎました。

d0341582_09313899.jpg
   
           我が家の桔梗が咲きました。 新芽が虫に食べられ壊滅的な被害です。


[PR]
by sakura81-26 | 2018-06-23 10:03 | 両親の事  | Comments(2)
携帯電話が生活の一部となる昨今
昨年、母が「サ高住」に入居する時、いつも姉妹三人と近況連絡していたので、電話が無いと不自由だろうと携帯を購入し持たせました。
しかし、母は携帯が鳴ってもガラケイの二つ折りを開ける事が出来ず、電話に出る事が出来ませんでした。
電話番号の打ち込みも大変だろうと電話番号短縮機能1・2・3とボタンを押すだけで、娘と姉妹に電話がかけられるようにしましたがこれも使えません。

認知症が始まり新しいことが覚えられない母は、文明の利器 携帯電話と言う新しい機械が使えませんでした。

母の姉92歳 (現在有料老人ホームに要介護1 認知症で入居中。)は、早い時期から携帯電話を使っていたため、いまだに携帯から電話をかけてきてくれます。
いとこも叔母が簡単に電話が出来るようにと1・2・3の短縮機能に母の携帯番号を入れてくれていますが、叔母はそれが使えず毎回電話番号を入力して電話しているようです。
履歴を見ると何回も打ち直していることが多いとか。(従妹談)

先日、6日間も叔母からの電話が鳴らず、病気にでもなったのかと心配して従妹に安否確認の連絡を取りました。
「いつもと変わらず 元気やで」と。

12日、叔母から7日ぶりに電話がかかってきました。 元気な様子で安心しました。
ところが電話をしたことを忘れる叔母は、12日は朝昼夜と3回も電話をしてきました。

三回に一回は叔母の電話に出て「この電話は、母のホームに置けないので我が家に持って帰ってるから、今母に繋がらないんよ。」と言っても理解できず、「近くにいいひん(居ない)のかいなぁ-。」と残念がって話は終了します。

高齢になると新しいことが覚えられず記憶が鮮明でなくなります。
認知症では、新しいことを覚えられない症状は顕著に出ます。

母の携帯電話は、グループホームでは居室に置いておく事が出来ず、家に持って帰り解約しようか思案中です。
叔母が「毎回電話番号を入力して電話をしてくれる」ことを尊重して叔母が元気なうちは母の電話はこのままにしておこうかとも思います。

d0341582_19451519.jpg

今日も母の携帯電話にブルーの不在着信ランプが点滅しています。
叔母は、元気なようで安心します。




[PR]
by sakura81-26 | 2018-06-14 19:51 | 両親の事 

「今日も元気で1日が過ごせたことに感謝」 日々の記録


by みいうみ
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31