母89歳 一人暮らし 「サ高住」に入居しました。認知で本人も大変です。


昨日は、立冬。 道すがら木々の色付きが濃くなりきれいです。

母が、「サ高住」(サービス付き高齢者住宅)に入居しました。
「サ高住」で変換できないので一般的な名前認知度は低いのかもしれません。
バリアフリー構造や一定の面積、設備など高齢者にふさわしい住宅性能と、安否確認や生活相談などの安心できる見守りサービスを備えた住宅。 


母の認知について
物がない
訪問するといつも「服がない」と言います。「服がない」があいさつ代わりです。
入浴時、衣類を洗濯に出したことを忘れているからかだと思います。
ココの施設は、施設内洗濯です。乾燥機にかからない物はハンガーで干されています。
間違って違う部屋に行っている場合もある。そのうち帰ってきます。長い目で見てほしい。

本格的な入所となり部屋を移動。タンスなどの引っ越しは私が一人でしました。
「引っ越して無くなったものがある。物の名前が出てこないがない。」
「何でもかんでもすぐに捨てるあんた(娘)が、また捨てた。」
こんなこともあろうかと 当日のゴミは車に積んでいたので母に見て貰いました。
「無い。わからへん。」と終了しました。

ショートスティに入りすぐに持って行った鉛筆1本が見当たらなくなりました。
鉛筆1本に執着しています。
問題は解消しないが、引っ越しを機会に鉛筆を10本持って行きました。

訪問すると「〇〇が無い」といつも何かを探しています。本人も大変です。

知人の 認知介護話
・ お金が無くなったと言われたら出てくるまで一緒に探す。 
  着物のたとう紙の中に入っていたことがある。
・ 義理母は、物がなくなったら嫁が取ったと思っている。
 

携帯電話
携帯電話が使えない・使おうとしない母は、実の姉からかかってくる電話に出る事が出来ず、これもストレスなようです。
自立していることが誇り?だった母にとって電話が出来ないことが受け入れられないのかもしれません。
施設に入り1度だけ電話がかかってきたことがあります。看護師さんともめた時、怒りが収まらずスタッフさんに頼み、話を聞きに来るように呼び出しをかけました。
やればできます。  


見当識障害?
「おかきが買いたいのでいつも買い物に行っていたところに連れて行ってほしい。」
車で8分ぐらいの実家の近くの母がいつも買い物をしていたショッピングセンターに連れて行きました。
駐車場を降りたとたん「こんな大きなところじゃない。」と言います。
「いつも服を買っていたところ」「家から1停留所」「阿闍梨餅が売っている」がキーワードです。
まさにここです。 
探しようもないのでここで妥協してもらいましたが、「ココじゃない」と言い続けました。
「阿闍梨餅を売っている所。」阿闍梨餅はこの近辺ではここしかありません。
施設に帰り職員さんに聞いても 連れて行ったショッピングセンターですと言われます。
1歩も譲らない母曰く「あんたとはいつも意見が合わへんわ。」で終わりました。



8月末 母がショートステイの入った時は、いろいろなことがあり、しゃべる人もいないとうつ状態で週2~3回様子を見に行っていました。
在宅で介護していない分出来るだけサポートしようと頑張ってきましたが、この4ヵ月89歳の母の言動に振り回され疲れ果ててしまいました。 

「サ高住」に入居し生活が安定することを祈るばかりです。



11月5日 京都ロームシアター横の疎水 さくらの紅葉がきれいでした。

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by sakura81-26 | 2017-11-08 11:35 | 両親の事 

「今日も元気で1日が過ごせたことに感謝」 日々の記録


by みいうみ
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